転移RNAの第二の形を発見

平成15年5月2日

生体内で起こっている様々な生命現象は,主にタンパク質,DNA,RNAにより担われています.中でも,RNAの一種である転移RNA(トランスファーRNA;tRNA)は,生体の設計図である遺伝子に書かれた指令にしたがって,アミノ酸からタンパク質を作る上で重要な働きをしています.この転移RNAは,通常の状態ではアルファベットのLに似た形(図1;L型)をしていることが30年近く前から分かっていました.しかし,一部の生命現象において「L型以外の形」をとる必要性が指摘されていましたが,実際にどのような形かは今日まで不明でした.
今回、我々のグループは,ある種のタンパク質に結合して「L型以外の形」になった転移RNAを,大型放射光施設SPring-8においてX線結晶構造解析により観察することに成功しました.この新しく発見された転移RNAの形は,L型に対してラムダ(λ)型と命名されました(図1;ラムダ型).特に,このラムダ型の転移RNAを捉えて結合しているタンパク質(図2)は,転移RNAが通常のL型に折り畳まる過程を助けるタンパク質であり,転移RNAがL字型に折り畳まっていく段階でこのラムダ型が特に重要であることが明らかになりました.さらに,L型以外の形を取った転移RNAが関わっていると考えられている生命現象にはこれ以外にもいくつか知られていますが,それらにおいても今回発見されたラムダ型が関係していると考えられます.
  この成果は、「米科学誌 Cell 2003年5月2日号」に掲載されています。


生体内で起こっている様々な生命現象は,主にタンパク質,DNA,RNAにより担われていますが,中でもRNAは,遺伝情報を伝えるだけではなく,タンパク質のように複雑かつ規則正しく折り畳まって化学反応を行うなどの様々な役割を果たしています.

<tRNAとは?tRNAの重要性>
RNAの一種である転移RNAは,DNAに記録されている生体の設計図である遺伝情報からタンパク質を作り出す過程で,重要な働きをしています.すなわち,転移RNAは遺伝情報を読み取り,対応するアミノ酸に変換するという,アダプターのような役割を持っています.

<複雑に折り畳んでL字型になっている>
転移RNAは複雑に折り畳んで,アルファベットのLに似た形をしていますが,その形がアダプターとして働くのに非常に重要です.このようにL型に折り畳むことは30年近く前から分かっていましたが,どのようにして元々1本の鎖である転移RNAがL型に折り畳まっていくのかは謎でした.RNAなどの元々1本の鎖である生体高分子が複雑かつ規則正しく折り畳まっていく現象は,よく折り紙に例えられます.中でも特にRNAの場合は,折り紙は折り畳まるだけでなく糊付けにより補強され,最終的な形(転移RNAの場合はL型)に完成されることが分かっています.

<tRNAのできあがる過程の途中の状態を捉えた>
転移RNA修飾酵素は,転移RNAが形作られる過程で,この糊付けに相当する「修飾」という反応を行う酵素です.今回我々のグループは,この修飾酵素と転移RNAが結合した状態を0.33ナノメートルという精密さで観察することで,どのようにして転移RNAが完成していくかを捉えることに成功しました.

<途中はどういうふうになっていたか>
その結果,転移RNAは最終的なL型とは大きく異なった形状で修飾酵素と結合していることが明らかになりました.転移RNAの糊代に相当する部分が本体から大きく飛び出し,修飾酵素によって捉えられています.一方,転移RNAの残りの部分は,一部折り畳みが完成しつつも部分的にはまだ最終の折り畳みまでは完成していない,中途半端な状態です.さらに修飾酵素は,転移RNA中の糊代に相当する部分を,ナノスケールの寸法を測ることにより正確に探し出していることも分かりました.

<今後の展開>
生体内には転移RNA以外に,タンパク質の合成を行うリボソームなどに重要なRNAが多数存在しています.リボソームRNAは転移RNAに比べて非常に大きく,さらに複雑な構造を持っています.しかし,生体内でどのようにして,このような複雑な構造を持つリボソームが出来上がるかはいまだによく分かっていません.今回我々が解明した,転移RNAの構造が完成していく仕組みは,このようにさらに複雑なRNAが折り畳んでいく過程への理解への基盤になると考えられます.

参考資料
図1 L型の転移RNAとラムダ型の転移RNA
図2 タンパク質に結合したラムダ型転移RNAの全体図
問い合わせ先:
東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻
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e-mail: nureki@biochem.s.u-tokyo.ac.jp
横山 茂之 TEL: 03-5841-4392
e-mail:yokoyama@biochem.s.u-tokyo.ac.jp


用語解説集

「DNA」
デオキシリボ核酸の略語.糖(デオキシリボース)とリン酸からなる二本の鎖がらせん状になり,その間をアデニン(A),グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)の四種類の塩基がはしご状に並んだ構造を持つ.この塩基の並び方に基づいて生体を構成する様々な物質が作り出される.DNAはあらゆる生物に共通する生命の「設計図」を記述した化学物質といえる.

「タンパク質」
生体を構成する主要な高分子で,20種類のアミノ酸が多数鎖状につながり,それが複雑に折り畳まってできている.化学反応を行う役割や,筋肉を作る,生体内の情報を伝達するなど,生体内で重要な役割を果たしている.

「RNA」
リボ核酸の略語.RNAはDNAと同様に糖,リン酸と塩基から構成される物質.RNAはDNAと同様に遺伝情報を保持する役割も持つが,一方でタンパク質のように化学反応を行う,生体内の情報を伝達するなど多様な機能を持つ.主にタンパク質の生合成に関与しており,DNAを鋳型に合成され,細胞内では伝令RNA(メッセンジャーRNA;mRNA),転移RNA(トランスファーRNA;tRNA),リボソーマルRNA(rRNA)などが存在する.

「転移RNA」
トランスファーRNA,tRNAと略する.生体内ではリボソームが伝令RNA(メッセンジャーRNA;mRNA)に書かれている情報を元にアミノ酸をつなぎ合わせてタンパク質を作り出しているが,この時mRNAに書かれた情報に対応するアミノ酸を捕らえて持ってくるのがtRNAである.